目次
本場の火鍋を知り、おいしく食べるための情報を前回に引き続き、熱くお伝えします!
複雑怪奇なスープ、レシピは各店の秘伝
スライスしただけの具材をシャブシャブするシンプルな火鍋ですが、
そのスープ「湯底(タンディー)」のレシピは複雑そのもので、各店の個性が現れるところでもあります。
どの店でもたいてい、その配合は企業秘密となっていますが、
ざっくりとご紹介するだけでも、これだけの材料を使います。
牛脂、粉唐辛子、花椒、生姜、豆板醤、紹興酒、氷砂糖、豆鼓(トウチ)、
醪糟(ラオザオ/米と麹を発酵させた甘酒のようなもの)、牛骨スープ。
これらの基本に、以下のようなスパイスや漢方薬材が入ります。
クローブ、スターアニス、フェンネル、カルダモン、ナツメグ、バンウコン、シナモン、
クミン、羅漢果(らかんか)、甘松(かんしょう)、砂仁(しゃにん)、排草(はいそう)など。
このへんの配合はもう、店それぞれです。
このスープは「紅湯(ホンタン)」と呼ばれ、あっさり塩味ベースの「白湯(バイタン)」と双璧をなしますが、
紅白のスープを並べる火鍋は、辛いものが苦手な、よそからの人をもてなす時くらいしか見られません。
地元民はもちろん、紅湯一辺倒です。
火鍋店で注文をするときは、この「湯底」の値段に人数分のタレと、各具材の料金が加算されていきます。
シンプルさが命! タレにも流儀がある
スープに反して、本場のタレは超ミニマル主義です。
「油碟(ヨウディエ)」といわれるそれは、最初に人数分を注文すると、
ごま油におろしにんにくが入ったものが供されます。
店によっては、刻んだ香菜(パクチー)や塩、味精(うま味調味料)が入るところもあります。
個人的には、テーブルにある黒酢を足すのが好みです。
黒酢は最初から入れずに途中で入れて、味に変化をつけるのがオススメ。
黒酢を入れるとさっぱりします。
四川以外の地域ではタレにとても凝っていて、
ゴマペーストやオイスターソース、腐乳や数々の薬味を合わせますが、
具材の味を殺さないためにも、タレはあくまでシンプルにいきましょう。
独断と偏見で決める、オススメ具材と要注意具材
本場でしかなかなか食べられず、しかし日本人にも食べやすく、筆者がとくに気に入っていた具材と、
要注意な具材をご紹介します。
あくまで個人的好みですので、あしからず。
【オススメ具材】
黄花菜(フアンファツァイ):カンゾウのつぼみ。シャキシャキして少しぬめりがあり、アクもなく美味。
平菇(ピングー):ヒラタケ。キノコ類は総じてオススメ。ヒラタケはジュワっと汁が沁みておいしいです。
豆皮(ドウピー):湯葉。こちらも汁によく絡んでおいしいです。
貢菜(ゴンツァイ):山クラゲ。コリコリして食べごたえアリ。
苕粉(シャオフェン):モチモチした肉厚の板春雨。これもよく味が沁みます。
藕片(オウピエン):蓮根のスライス。火鍋の後半戦には欠かせない具材。
洋芋片(ヤンユーピエン):じゃがいものスライス。鍋にジャガイモ、意外と新鮮です。
耗兒魚(ハオアルユー):カワハギの仲間のウマヅラハギ。火鍋には稀少な海鮮食材は、淡白な白身魚です。
【要注意食材】
葉物野菜です。
火鍋には実に多くの種類の葉物野菜があり、おいしいにはおいしいのですが、
スープの中の花椒があちこちに絡んでしまい、よくよく取り除いても口の中で隠れ攻撃を受ける羽目になります。
油もジットリ絡むので、意外とくどい味になりがちです。
最も厄介なのは香菜(パクチー)です。
どうしても葉物をいただきたいときは、
夏は「藤藤菜(タンタンツァイ/空芯菜)」冬は「豌豆尖(ワンドウジエン/豆苗)」が四川らしいチョイスです。
火鍋との飲み合わせ、ベストは?
イケる口の場合は、絶対的にビールです。
辛さと清涼感が交互に喉を滑り落ちる感覚は、たまりません。
しかし、アルコールが苦手な場合は?
ぜひ、オススメしたいのは「豆漿(豆乳)」です。
いろいろ飲み合わせた結果ですが、ものすごく辛いものを食べてしまったとき、
最も辛さを取り去ってくれるのは豆乳だという結論に達しました。
甘すぎず、それほど食事のじゃまになりません。
かたわらに置いておくと、安心です。
瓶詰めの既製品をお店でオーダーしてもいいですが、
搾りたてのものを露店で買って持ち込んでもよいでしょう。
この場合、ビニール袋に豆乳を注ぎ、輪ゴムでしばってストローを指しただけのようなものもありますが、
瓶詰めよりずっとおいしいです。
最近では「花生漿(ピーナッツミルク)」もあるようですね。
オープンエアの火鍋店の場合、よそから行商が売りに来ることもあります。
火鍋に見る、食の貧困時代
先にオススメ具材として挙げた「耗兒魚(ウマヅラハギ)」ですが、
1970年代生まれの友人が、これについてのエピソードを語ってくれたことがあります。
彼らの幼少時代、食料は配給制でした。
中でも肉や魚は稀少食材で、1週間で口にできる肉は1人あたりひと口しかなかったそうです。
火鍋に入れる耗兒魚はいわゆる雑魚ですが、当時はたいへんなごちそうに思えたといいます。
しかしこの耗兒魚、裕福な中国沿岸部では養殖魚に与える餌として使われ、人が食べるものではないそうです。
臓物ばかりでおなかを満たす重慶の火鍋。
それでも彼らにとっていかにぜいたくなものだったか、わかりますね。
1962年に重慶に生まれ、後にロンドンへ亡命した作家・虹影(ホンイン)が綴った自伝的小説「飢餓の娘」には、
貧しさのあまり満足に食べることもできなかった時代の火鍋について、以下のような記述があります。
四川麻辣火鍋は昔から有名だったが、1960年代と70年代の貧乏暮らしの経験が、火鍋に誇るべき新たな味覚を加えた。食べられるものなら何でも一緒に煮込んでしまうという変幻無碍(むげ)な味覚だ。炎暑、厳寒、春の長雨、秋の早朝、時候の如何を問わず、たとえ夜中の三時であろうと火鍋は必ずあった。路地裏の怪しげな店にも、きらびやかなレストランにも、どんな場所のどんな店でも決まって火鍋がかかっていたのだ。(中略)当時の野菜や豆腐、血の煮凝りなどを入れた火鍋の味は、新しい服も爆竹も肉も魚も何もなかった年越しの記憶と深く結びついていたからだ。
この小説の主人公家族はあまりの極貧のため、ほんの少しの肉に大根と青菜を入れただけの火鍋を食べています。
現在食べることのできる火鍋の発展形は、実にごく最近になって口にできるようになったものなのです。
【おまけ】代表的具材の日本語訳一覧
オススメ具材に挙げた者も含め、火鍋の代表的具材と日本語訳、解説は以下にまとまっています!
※当連載は、筆者が1999年~2000年にかけて重慶市に滞在した当時の体験をベースに綴られており、現在の事情と異なる部分がある可能性があること、また同じ四川文化圏でも地域差が存在することをご了承ください。
次回掲載予定:おふくろの味、おばあちゃんの味
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中川正道、1978年島根県生まれ。四川師範大学にて留学。四年間四川省に滞在し、四川料理の魅力にはまる。2012年にドイツへ移住。0からWEBデザインを勉強し、フリーのデザイナーとしてドイツで起業。2017年に日本へ帰国。「人生の時を色どる体験をつくる」をテーマに妻の中川チカと時色 TOKiiRO 株式会社を設立。
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