About me
中国語翻訳者、ライター。 1999~2000年、重慶大学漢語進修課程で中国語を学ぶ。2004~2006年、上海で邦人向けフリーペーパーの編集、美容業界誌の中国語版立ち上げなどに携わる。帰国後の2007年~2015年まで、中国専門の通信社で記事翻訳・執筆に従事。現在、北海道へ子連れIターン移住。フリーで中国ニュースの翻訳や中国関連の執筆などを行う。今後、育児、地方移住などをテーマに執筆していく予定。好きな火鍋の具は鵝腸(ガチョウの腸)、腰片(マメ)、藕片(蓮根)、粉条(板春雨)、豆皮(湯葉)。


「おふくろの味はマズイ」。こんな言葉を聞いたら、ビックリしますか?

実は現代の中国では、このような発言が聞かれても、あまり驚くべき事態ではないかもしれません。

母の手料理といえば一般的には、

「ほっとする」「飽きない」「おいしい」「なつかしい」といったイメージと結びつくはずですが、

中国では“おばあちゃんの味”がおふくろの味を上回ることが少なくありません。

今回はその社会的背景と、真夏にピッタリな四川おばあちゃんの家庭料理をご紹介します。

 

 “女性活躍社会”の母親たちは、料理ができない?

四川のおばあちゃん

さて、現代中国の母親像について、少し掘り下げてみましょう。

現在のような共産党体制になって以来、中国社会では男女平等が急激に進みました。

結婚、出産、育児。こうしたものはいずれも女性のキャリアを阻む壁にはなりえず、

中国の女性は職業人生の充実をためらうことなく追究します。

そういうと聞こえはいいですが、

むしろ夫婦共働きでなければ立ち行かない家庭が多勢だというのが現状でもあります。

 

すると、多くの家庭では、働き盛りの夫婦が収入確保に集中し、

家事と育児を祖父母世代が大々的にバックアップする体制になります。

子どもを祖父母宅で生活させ、両親は週末のみを子どもと過ごす、などということも決して珍しくありません。

 

社会に出て以来、仕事だけに注力してきた女性には当然、料理を学ぶ機会などあるはずもなく、

仮に料理ができなくても何の支障もありません。

「親が作ってくれるから大丈夫。親が作った方がおいしいし!」となるわけです。

四川のおばあちゃん

かくして、多くの「おふくろの味」を知らない子どもたちが誕生します。

 

料理上手なおばあちゃんは、纏足だった

四川のおばあちゃん

工場住み込みの労働者を両親に持ち、

祖父母宅に預けられて幼少期を過ごした1970年代生まれの友人がいました。

彼の口ぐせが正に、

「母の料理はマズイ。母は料理が苦手。でも、おばあちゃんの料理は本当においしかった!」

というものでした。

 

彼の祖母は、前出の母親世代とは真逆の人生を歩んだ人でした。

話から推測するに、1930年前後に生まれた彼女は、ある地主の第3夫人だったといいます。

戦前の中国では、経済力のある男性が複数の妻を持つのが当たり前でした。

地主に嫁ぐだけあり、彼女はそれなりの家庭の出身だったのでしょう、纏足をしていたそうです。

歴史の教科書の中だけのような話が、いまだ現実として存在するというのも、中国ではままある話です。

 

そんな時代ですから、女性は外で仕事をすることなどなく、家庭のことに従事していました。

彼の祖母は、いまや昔なつかしい伝統的な四川料理をいくつもつくることができたそうです。

四季折々のハレとケの料理。

「でも、母はそういうものはつくれなかった」と、彼は強調していました。

急激な社会の変化によって、数多くの貴重なレシピが次世代に受け継がれることなく、

断絶していったのかもしれません。

現代の日本も、この相似形を描いているような気がしてなりませんね。

 

夏バテの救世主!?おばあちゃんの「蒸しナスのラー油がけ」

茄子

その纏足のおばあちゃんがよく作ってくれた四川の家庭料理で、友人が最も大好きだったものが、

「蒸しナスのラー油がけ」だったそうです。

タテ4つに切って蒸したナスに、自家製のラー油を使った合わせ調味料をかけただけのシンプルな一品です。

 

中華料理のナスというと炒め物が多く、調理過程で大量の油を吸うのでハイカロリーになりますが、

こちらは蒸し物ですのでヘルシーにいけます。

食欲が減退する真夏でも、ツルリとした冷たい食感とラー油の刺激が病みつきになり、箸がどんどん進みます。

 

ちなみに、「蒸す」調理法は中国の家庭料理にとって、ポピュラーな時短テクでもあります。

中国の多くの炊飯器は、フタとお釜の間に蒸し籠が載るようになっていて、

ごはんを炊きながら野菜を蒸すことができるのです。

 

家庭の数だけレシピがある「辣椒油」

ラー油

さて、この料理の肝は、四川のどの家庭にも常備されている「ラー油=辣椒(ラージャオ)油」です。

成都の言葉では「紅油(ホンヨウ)」とも言います。

つくりかたは簡単なので、自家製が一般的です。

レシピは各地方や家庭でさまざまですが、最も基本の形は、粉唐辛子に熱した菜種油をかけるものです。

辛さだけではなく香りも大事なので、

使用する唐辛子は、辛さを出すタイプと香りを出すタイプを混合するのが理想。

そこにスパイスや漢方薬剤を配合して、深みを出していきます。

代表的なものでは、

花椒、生姜、にんにく、ネギ、いりごま、ローリエ、

スターアニス、シナモン、フェンネルなどが使われるようです。

熱した油を山盛りの唐辛子にジュワっと注いだ瞬間、モウっと湯気が立ち、

その刺激に目つぶしをくらい、むせ返るのは四川の台所ではお約束です。

ラー油

この「辣椒(ラージャオ)油」に醤油、黒酢、おろしにんにく、花椒粉などをプラスして、蒸しナスにかけます。

日本の家庭でも簡単に再現できますが、

辣椒油は1回分ではなく、一度にある程度の分量をつくったほうが上手にできます。

 

四川料理の万能選手、使いみち応用編

ラー油

餃子のたれに自家製ラー油をつけてたべる

各家庭で手作りされた辣椒油は冷蔵庫で保存し、毎日の料理に使われます。

豆板醤と並び、四川料理には欠かせない万能選手です。

日本の感覚でいう味噌&醤油という位置づけでしょうか。

先ほどの蒸しナスに使われた合わせ調味料は、特に冷菜でバツグンの存在感を発揮します。

ナスに限らず、お好みの茹で野菜・蒸し野菜に絡めれば“四川風おひたし”として一品できあがりです。

現地ではドクダミなどの野草・山菜類によくこのタレを使っていました。

野菜だけでなく、ゆで豚蒸し鶏にも好相性です。

この季節なら、冷しゃぶもたまりません!

また、汁麺に添えたり、混ぜ麺に和えたり、餃子のタレなどにも。

こうしてズラッと並べて見て見ても、夏はとりわけその使いでが増すような気がします。

 

※当連載は、筆者が1999年~2000年にかけて重慶市に滞在した当時の体験をベースに綴られており、現在の事情と異なる部分がある可能性があること、また同じ四川文化圏でも地域差が存在することをご了承ください。

 

次回掲載予定:野菜が消える四川の夏

 

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中川正道
中川正道、1978年島根県生まれ。四川師範大学にて留学。四年間四川省に滞在し、四川料理の魅力にはまる。2012年にドイツへ移住。0からWEBデザインを勉強し、フリーのデザイナーとしてドイツで起業。2017年に日本へ帰国。「人生の時を色どる体験をつくる」をテーマに妻の中川チカと時色 TOKiiRO 株式会社を設立。
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