春キャベツに春ニンジン、新玉ねぎに新じゃが。
若々しくやわらかな野菜がおいしい季節になりました。
このごろでは、野菜で季節を感じることがなかなかむずかしくなりましたが、
それでも春から夏にかけては、新しい生命の息吹をしっかり感じられるシーズンです。
中国では日本よりももっとずっと、野菜に季節感があります。
そして、地産地消も強く根付いています。
その理由は単純に、栽培技術や運輸網発達の後れに関係するのかもしれませんが、
そのおかげで、旬の時期に旬のものをいただき、
地元の採れたて食材に根差した食生活が守られています。
中でも、新じゃがを使った「四川式肉じゃが」の味は忘れられません。
そう、春の四川にも、日本と同じく新じゃがが出回っていました。
中国語では「洋芋仔(ヤンユーザイ)」といいます。
なんと!四川にもあった、肉じゃが
その春、短い間でしたが、わたしの家には居候がいました。
日本と同じくらいの人口を抱える四川は出稼ぎの多い土地柄で、
多くの若者が働き口を求めて沿海の都市部へ出ていきます。
列車にして、1日どころか2日以上もかかるような場所へです。
慣れない遠隔地で苦労して、数年後に故郷に戻る人もたくさんいます。
が、不在にしている間に実家の家族構成が変わり、戻る場所がない、なんていう人もいます。
そのような経緯で、わたしがルームシェアしていたアパートにも一時期、居候が来ることになったのです。
20代半ばの料理上手な彼は、家賃代わりに、毎日の夕食当番をしてくれました。
そして、ある日つくってくれたのが「四川式肉じゃが」だったのです。
毎日三食、四川料理を食べる以外に選択肢のなかった当時の暮らし。
肉じゃがに出逢ったのはまったくの驚きであり、
そして、遠い日本を思い出す、とてもうれしいできごとでした。
もちろん、甘い味つけの訳もなく…
その肉じゃがは、皮つきの新じゃがをまるごと煮込むものです。
お肉は牛肉ではなく、脂のこってり乗った皮付き豚バラ肉を小さく角切りにしたものでした。
日本人のイメージでは、「中華料理=炒め物」という公式が出来上がっていると思いますが、
実は、中華には煮物もたくさんあります。
焼いてから煮たり、炒めてから煮たりするものが多いですが、
日本の煮物と同じく、家庭料理で存在感を発揮しています。
四川肉じゃが、味つけはもちろん豆板醤でした。
日本の肉じゃがのような甘さは、微塵もありません(笑)。
でも、だからこそ、白いごはんにはより合います。
新じゃが特有の皮の香りは、豆板醤の強い風味にも負けることなく、しっかりと存在を主張してきます。
そして、実の締まった新じゃがを、バラ肉のプチプチとした皮とトロトロした脂身がやさしく包みます。
甘味はないけれど、刺激的な四川の食生活では本当に少なかった、「ほっこり」する味でした。
相似形を描く四川料理と日本料理
「天府之国」と呼ばれるほど農作物が豊富で、国内有数の米どころでもある四川。
過去のコラム(【四川の漬物文化・その1】お漬物とごはんさえあれば…)でもご紹介した通り、漬物文化が分厚く、
肉・魚が食べられない時代も長かったせいか、種類豊富な豆腐製品もよく食卓にのぼります。
お箸とお茶碗を持って食卓につき、
おなかをいっぱいにしてくれるのは、白いごはんです。
こうして見ると、日本の食生活とそう遠くない感覚ですね。
白いごはんでおなかを満たすというのは、
当たり前のようでいて、世界的に見ると実は当たり前のことではありません。
留学時代の同級生には複数の欧米人がいましたが、
毎日お米を食べる食生活は慢性的に胃もたれがして、苦しいと言っていました。
同様に、小麦を主食とする中国北部の出身者も、
お米の食事が続くとつらい、麺が食べたい、蒸しパンが食べたいとよく漏らしていました。
お米が消化に負担になるなんて!
日本人のわたしには、思いもよりませんでした。
和食とは対極のキャラクターを持っているように思える四川料理も、大枠では米食圏内。
互いに相似形を描いていることに気づくのです。
だからこそわたしは、一日三食四川料理という生活もなんとか乗り越えられたのでしょう。
そして、四川には白いごはんに合うおかずが無数にあります。
時には「肉じゃが」などという、和食の姉妹料理(?)に出会うことだってあるのです。
「四川式肉じゃが」の正体は
さて、「四川式肉じゃが」と呼びましたが、
そのような特定の料理があるというよりは、
これは「紅焼肉(ホンシャオロウ/バラ肉の醬油煮)」の変形パターンです。
じゃがいものほかにも、栗・たけのこ・しいたけ・湯葉などを合わせることが多い紅焼肉。
地方ごと、家庭ごとにつくり方が異なりますが、一般的には醤油と氷砂糖で甘辛く煮つける料理です。
しかし、重慶では味つけに豆板醤を使い、一切甘みを加えないものを「紅焼肉」と呼んでいました。
そのおいしさをほめちぎるわたしに、
くだんの居候の彼は、「まあどこにでもある料理だよ。特別なものでもないよ」と謙そんしていました。
もしかしたら謙そんでもなく、彼の言う通りだったのかもしれません。
どの家庭でも、たびたび食卓に上るようなありふれたものだったのかもしれません。
だからでしょうか。わたしにとっては、「新じゃがを使った、豆板醤味の紅焼肉」は1度きりの出会いでした。
その後、どこのレストランでも食堂でも、同じものを二度と見かけることはありませんでした。
今でも毎年、新じゃがの季節になると必ず思い出し、恋しくなる料理です。
※当連載は、筆者が1999年~2000年にかけて重慶市に滞在した当時の体験をベースに綴られており、現在の事情と異なる部分がある可能性があること、また同じ四川文化圏でも地域差が存在することをご了承ください。
次回掲載予定:火鍋の今むかし
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中川正道、1978年島根県生まれ。四川師範大学にて留学。四年間四川省に滞在し、四川料理の魅力にはまる。2012年にドイツへ移住。0からWEBデザインを勉強し、フリーのデザイナーとしてドイツで起業。2017年に日本へ帰国。「人生の時を色どる体験をつくる」をテーマに妻の中川チカと時色 TOKiiRO 株式会社を設立。
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